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東京高等裁判所 昭和43年(ネ)123号 判決

控訴人 株式会社 山楽

右訴訟代理人弁護士 坂晋

右訴訟復代理人弁護士 植村武恭

控訴人 東京電気商品株式会社

右訴訟代理人弁護士 塚原豊喜

控訴人 中村敏子

右訴訟代理人弁護士 海地清幸

右訴訟復代理人弁護士 佐藤正勝

同 小倉正昭

同 岩崎修

被控訴人 石上舜而

右訴訟代理人弁護士 三森淳

右訴訟復代理人弁護士 高井新太郎

主文

原判決を取消す。

被控訴人の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴人等各代理人は主文と同旨の判決を求め、被控訴代理人は各控訴棄却の判決を求めた。

当事者等の事実に関する陳述及び証拠の提出、援用、認否は、以下の通り付加するほかは原判決事実摘示(別紙物件目録及び登記目録を含む。)の通りである。

一、控訴人株式会社山楽及び控訴人東京電気商品株式会社の各代理人は、本件係争の根抵当権の限度額は金三〇〇万円ではなく、金一〇〇万円である、と陳述した。

二、被控訴代理人は、予備的主張として、

(一)訴外柳沢甫の控訴人東京電気商品株式会社(当時の商号株式会社東京電気商会)に対する商品買掛金債務は、民法第一七三条第一号の規定により二年又は商事債務として五年の時効によって消滅するものであるところ、同控訴人は右柳沢に対し昭和三一年一月以降何時でも右債務の履行を請求し得たのに、現在に至る迄履行の請求をしないので、右債務は時効によって消滅した。よって被控訴人は右債務についての物上保証人として右消滅時効を援用する。

(二)昭和三〇年九月二一日被控訴人と控訴人東京電気商品株式会社との間に成立した本件係争の土地を目的物とする代物弁済の予約は、当時の時価で金三六九万円を下らない右土地を、金一〇〇万円の債務の代物弁済にあてることを目的としたものであり、かつ債務者である右柳沢甫の窮迫に乗じ、しかも係争土地の所有者である被控訴人の意思の確認も行うことなくなされたものであって、暴利行為として無効というべきである、と陳述した。

三、控訴人等各代理人は、被控訴人の前記予備的主張(一)につき、右消滅時効の援用は、被控訴人と控訴人東京電気商品株式会社との間において本件係争の土地を目的物とする代物弁済契約が成立せず、又は無効であることを前提とするものであって失当である、同(二)の暴利行為の主張については、その事実を否認する、と陳述した。

四、(証拠)〈省略〉。

理由

一、本件係争の原判決別紙物件目録記載の土地がもと訴外北沢武三郎の所有であったところ、昭和三〇年被控訴人が右北沢から右土地を買受け、同年九月二一日所有権移転登記を経由したこと及び右土地につき原判決別紙登記目録記載の通り、(1)宇都宮地方法務局黒磯出張所昭和三〇年九月二一日受付第一二七六号をもって、同年同月同日根抵当権設定契約を原因とし、債権者を控訴人東京電気商品株式会社(当時の商号株式会社東京電気商会、以下控訴人東京電気という。)、債権極度額を金一〇〇万円とする根抵当権設定登記、(2)同地方法務局同出張所同年同月同日受付第一二七七号をもって、同年同月同日代物弁済契約を原因とし、控訴人東京電気のため右(1)の根抵当権の債務を期限に弁済しないときは所有権を移転すべき停止条件付所有権移転請求権保全仮登記、(3)同地方法務局同出張所同年一二月一六日受付第一七六八号をもって、同年同月同日売買を原因とし、控訴人東京電気を取得者とする所有権移転登記、(4)同地方法務局同出張所昭和三三年八月一六日受付第一三六〇号をもって、同年同月同日売買を原因とし、控訴人中村敏子を取得者とする所有権移転登記及び(5)同地方法務局同出張所昭和三四年五月二三日受付第一〇九八号をもって同年同月同日売買を原因とし、控訴人株式会社山楽を取得者とする所有権移転登記、以上の各登記がなされていること、以上の事実は当事者間に争いがないところである。

二、そこでまず、被控訴人と控訴人東京電気との間の前項記載の(1)乃至(3)の登記の登記原因について検討する。

〈証拠〉を総合すれば、以下の事実を認めることができる。

訴外柳沢甫は、昭和二四、五年頃から控訴人東京電気との間で電気器具買入の取引をしていたところ、昭和二八、九年頃同控訴人に対し数百万円の買掛金債務を負い、その支払のため同控訴人に交付した手形が不渡となったため、同控訴人より取引を中止された。その後右柳沢は、同控訴人に右取引の再開を要請していたが、当時同控訴人も経営状態が悪く、仕入先の訴外東芝商事株式会社に対し多額の債務を負い、右訴外会社から経営の監督を受けていたため、柳沢の右取引再開の要請にたやすく応ずることができない状況にあったので、同控訴人は柳沢に対し、取引再開の条件として、取引名義を第三者名義とすること及び相当な担保を提供することを要求した。他方柳沢は、東京において、被控訴人が経営する訴外株式会社石上製作所の製造にかかるジュースミキサーの販売を営み、被控訴人と親密な間柄にあり、かつその頃被控訴人とともに新会社の設立を計画していたところ、右新会社設立の資金を調達するためにも、控訴人東京電気との取引の再開を必要としたので、被控訴人に対し右取引再開の交渉に協力を求め、被控訴人もこれに応ずることとなった。そこで、昭和三〇年八、九月頃柳沢及び被控訴人は、当時同控訴人の常務取締役をしていた訴外田中繁と協議をした結果、同控訴人と柳沢との取引再開のため、被控訴人において、柳沢の取引名義を石上製作所とすること及び被控訴人が柳沢の保証人となり、かつ当時北沢武三郎名義の本件土地を同控訴人のため担保として提供することを承諾し、右三者間において、

(1)柳沢は控訴人東京電気より買入れた電気器具等の代金を、毎月二〇日締切にて、同月末日迄に支払う。

(2)被控訴人は柳沢の連帯保証人となり、かつ同控訴人のため本件土地につき債権極度額を金三〇〇万円(既存の債務を含む。)とする根抵当権を設定し、かつ代物弁済による所有権移転の仮登記をする。

(3)柳沢が前記代金の支払を一回でも怠ったときは、同控訴人は何時でも取引を中止し、本件土地につき抵当権を実行し、又は代物弁済により本件土地の所有権を取得することができる、

との趣旨の契約を締結することに合意し、なおその頃右田中において、柳沢の案内により本件土地の所有名義人である訴外北沢武三郎に面会し、本件土地につき被控訴人名義に所有権移転登記をしたうえ、柳沢の債務の担保とすることの諒解を受け、同年九月一〇日頃同控訴人において前記契約の条項をタイプで印刷した電気器具売買契約及根抵当権設定契約書と題する書面三通(各当事者の押印未了のもの)を柳沢に交付し、その数日後柳沢より、同人及び被控訴人の実印の押捺してある前記契約書三通(乙第一号証はそのうちの一通)、被控訴人の委任状及び印鑑証明書各二通並びに北沢武三郎名義の本件土地の権利証の交付を受け、同年同月二一日右田中繁において管轄登記所に赴き、本件土地につき、被控訴人を取得者とする所有権移転登記、前項記載の(1)の根抵当権設定登記及び同(2)の所有権移転請求権保全仮登記の手続をなしたが、右登記手続に際して、田中繁は地元の訴外那須観光興業株式会社の代表取締役三宅勘一や役場の職員の説明により本件土地の価格は五〇万円乃至一〇〇万円前後であると判断し、根抵当権の債権極度額を前記契約の趣旨通り金三〇〇万円として登記するのは、登録税のみ高額となり、その実益がないと考え、右極度額を金一〇〇万円に減額して、その旨の登記手続をなした。その後控訴人東京電気は、柳沢に対し、同年九月から一〇月にかけて金一一〇万五〇〇〇円相当の商品を出荷したが、柳沢が右商品代金及び取引再開前の債務(旧債)の支払のため同控訴人に交付した手形、その金額合計四三八万二五〇〇円(乙第三号証)がすべて不渡となったので、右田中は柳沢及び被控訴人に対し、前記契約の趣旨により、同控訴人において本件土地の所有権を取得する旨を告げ、同年九月以降同控訴人において保管していた被控訴人名義の権利証、委任状及び印鑑証明書を利用し、田中が本件土地につき前項記載の(3)の所有権移転登記手続をなしたものである。

およそ以上の事実を認めることができる。原審及び当審証人柳沢甫(原審につき第一、二回)及び同北沢武三郎の各証言並びに原審及び当審における被控訴人本人尋問の結果のうち、右認定と牴触する部分、即ち、被控訴人は北沢武三郎から本件土地を代金四五〇万円で買受けたが、柳沢甫から控訴人東京電気との取引再開のため本件土地を担保として同控訴人に提供して貰い度いと頼まれた際、北沢には右売買代金の内金一〇〇万円を手形で支払っていたに過ぎなかったので、柳沢に右金一〇〇万円の限度で本件土地に根抵当権を設定することを承諾したものであり、柳沢の連帯保証人となり、債権極度額金三〇〇万円の根抵当権を設定すること及び代物弁済による所有権移転請求権保全の仮登記をなすことは承諾していないこと、しかるに柳沢は同控訴人が作成した前記電気器具売買契約及根抵当権設定契約書に被控訴人の承諾を得ないで柳沢及び被控訴人の印鑑を押捺し(尤も、この点に関する証人柳沢甫の証言は、すこぶる曖昧である。)、被控訴人の委任状及び印鑑証明書とともに右契約書を同控訴人に交付し、同控訴人をして前項記載の(1)の根抵当権設定登記及び(2)の所有権移転請求権保全の仮登記をなさしめたものであること、同控訴人は柳沢にも被控訴人にもなにらの通知をしないで、前項記載の(3)の所有権移転登記手続をなしたものであること、並びに、北沢及び被控訴人は昭和三三年頃北沢が本件土地の管理を委託していた訴外村上文夫の知らせにより始めて右各登記の存在を知ったものであること、以上の趣旨の供述部分はたやすく措信することができない。〈証拠判断省略〉。

以上の通り、前項記載の(1)及び(2)の各登記は、控訴人東京電気、被控訴人及び柳沢甫の間において成立した前記電気器具売買契約及根抵当権設定契約に基くものであり、同(3)の登記は右契約の定めるところにより同控訴人において代物弁済として本件土地の所有権を取得したことによるものと認められるから、右契約の締結について柳沢が被控訴人を代理する権限を有していたか否か及び柳沢の代理行為につき表見代理が成立するか否かについては、判断の必要を見ないのである。

三、次に、控訴人東京電気、被控訴人及び訴外柳沢甫との間で成立した前記電気器具売買契約及根抵当権設定契約(以下本件担保契約という)が無効又は効力を失った旨の被控訴人の主張について検討する。

(一)条件不成就又は錯誤

被控訴人は、仮に本件担保契約が成立したと認められるとしても、右契約は、控訴人東京電気より柳沢に対し新たに金三〇〇万円相当の商品を出荷することを条件とするものであるところ、同控訴人は右契約成立後僅か数十万円の商品を出荷したに過ぎないから、右契約はその効力を生ずるに由ないものであり、右条件が認められないとしても、被控訴人及び柳沢は、右契約成立後同控訴人より金三〇〇万円相当の商品の出荷があるものと信じて右契約に応じたものであるところ、同控訴人は前記の通り僅か数十万円の商品を出荷したに過ぎないのであって、右事実からみても同控訴人は始めから金三〇〇万円相当の商品を出荷する意思がなかったものといわざるを得ないから、右契約の成立につき被控訴人及び柳沢の意思表示には要素の錯誤があり、右契約は無効である、と主張する。

しかし、本件担保契約が控訴人東京電気より柳沢に対し、新たに金三〇〇万円相当の商品を出荷することを条件とし、或いは被控訴人及び柳沢において右条件が付せられているものと信じて右契約を成立せしめたとの点は、前記証人柳沢甫の証言及び被控訴人本人尋問の結果によるもこれを認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。もっとも、本件担保契約が控訴人東京電気と柳沢との取引の再開のためになされたものであることは前記の通りであるから、右契約成立後同控訴人より柳沢に対し新たに商品の出荷がなされることは当事者の間で諒解されていたものということはできるが、出荷すべき商品の額は当事者間の取引状況、特に柳沢の支払状況によって左右されるべきものであり、当初からその額を確定できないことは、社会通念に照らし明らかというべきところ、本件において控訴人東京電気は、本件担保契約成立後昭和三〇年九月及び同年一〇月の二箇月に柳沢に対し金一一〇万五〇〇〇円相当の商品を新たに出荷したが、柳沢が右売買代金及び取引再開前の債務の支払のために同控訴人に交付した金額合計四三八万二五〇〇円の手形がすべて不渡となったため、同控訴人において本件担保契約の定めるところにより一旦再開した柳沢との取引を中止し、本件土地を代物弁済として取得したものであることは、前記認定の通りであって、同控訴人が本件担保契約を締結した当時から柳沢に対し出荷の意思がなかったものということはできないから、条件不成就又は要素の錯誤により本件担保契約が無効であるという被控訴人の主張は、失当たるを免れない。

(二)公序良俗違反又は暴利行為

被控訴人は、本件担保契約は柳沢が控訴人東京電気に対し、数百万円の債務を負って取引を中止され、これが立直りのために同控訴人との取引の再開を求めなければならない柳沢の窮迫に同控訴人が乗じたものであり、かつ担保の目的物である本件土地は、被控訴人が北沢から金四五〇円で買受け、少なくとも当時の価格として金三六九万円の価値を有していたのに、被控訴人の意思も確めないで右土地を僅か金一〇〇万円の債務のため代物弁済の目的物に供したものであるから、右契約は公序良俗に違反し、暴利行為として無効というべきである、と主張する。

しかし、多額の債務を負担し、その支払いが遅滞して取引を中止された債務者との取引の再開に当って、債権者が確実な担保を要求することは、自己の債権の保全のため当然の措置というべきであり、これをもって債務者の窮迫に乗じた公序良俗違反の行為といえないことは明らかであり、また昭和三〇年九月当時の本件土地の価格が約一五〇万円程度のものであり、かつ被控訴人の承諾を得て本件担保契約を締結したものと認められることは前記の通りであるので、被控訴人の暴利行為の主張も失当である。のみならず、金銭債権の担保として土地につき所有権移転請求権保全の仮登記がなされた後、債権者が代物弁済の権利を実行して右土地の所有権を確定的に自己に帰属せしめた場合には、原則として右土地の価格を適正に評価し右金銭債権との間において清算をなすべきものと解せられるので、たとえ土地の価格が金銭債権の額を越えていても特段の事情がなければ代物弁済契約をもって暴利行為ということはできないところであるのみならず、本件においては、前記乙第二号証の一乃至六によれば、控訴人東京電気が代物弁済により本件土地の所有権を取得した当時、同控訴人は柳沢に対し取引再開前の旧債を含めて金七〇〇万円以上の債権を有していたことが認められ、かつ被控訴人が柳沢の右債務につき連帯保証をしていたことは前記認定の通りであるから、同控訴人が代物弁済として本件土地の所有権を取得したことにより、同控訴人と柳沢及び被控訴人の間において本件土地の価格を評価し、柳沢等の債務と清算をしたとしても、柳沢等の債務額は本件土地の価格を超過し、同控訴人において被控訴人に返還すべき清算金を生じないことが明らかであるから、右見地からするも、本件担保契約を暴利行為として無効と解すべき余地はない。

(三)被担保債務の弁済又は時効による消滅

被控訴人は、柳沢の控訴人東京電気に対する本件商品買掛金債務は、柳沢において昭和三五年一二月末頃迄に完済し、仮に完済されなかったとしても、右債務は民法第一七三条第一号の規定により二年又は商事債務として五年の時効により消滅すべきものであるところ、同控訴人は昭和三一年一月以降何時でも右債務の履行を請求し得る状態にありながら、現在迄右履行の請求をしないので、右債務は既に時効によって消滅し、柳沢は同控訴人に対し昭和三九年六月九日到達の書面をもって右消滅時効を援用し、かつ被控訴人も当審口頭弁論において柳沢の債務についての物上保証人として右消滅時効を援用したので本件根抵当権の被担保債務は消滅したから、右根抵当権設定登記は抹消されるべきものである、と主張する。

しかし、被控訴人が右債務完済の証拠として援用する甲第二五号証の一、二及び第二六号証は、原審証人柳沢甫の証言(第二回)によれば、本件根抵当権の被担保債務とは関係のない、別箇の土地の買戻代金の支払に関する書面であることが認められるのみならず、被控訴人の右被担保債務の完済又は消滅時効の援用に関する主張は、被控訴人と控訴人東京電気との間において本件土地の代物弁済契約が成立せず、又は無効であって、根抵当権設定契約のみが有効になされたことを前提とするものであることが明らかなところ、右代物弁済が有効に成立したことは、前記認定の通りであるので、被控訴人の右主張も失当たるを免れない。

四、最後に、第一項記載の本件各登記のうち、(四)及び(五)の各所有権移転登記の登記原因について検討するに、〈証拠〉によれば、控訴人東京電気は昭和三三年八月一六日控訴人中村敏子に本件土地を代金二一〇万円で売却し、控訴人中村敏子は昭和三四年五月二三日控訴人株式会社山楽に右土地を代金四一〇万円で売却したことが認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

五、以上の次第で、本件各登記はすべて有効な登記原因に基いてなされたものであり、本件土地の所有権は、被控訴人より控訴人東京電気及び同中村敏子を経て控訴人株式会社山楽に移転したものと認められるから、右各登記の抹消登記手続を求める被控訴人の請求はいずれも失当として棄却すべきものである。

よって、右と趣旨を異にする原判決は不当であるから、民事訴訟法第三八六条の規定により原判決を取消し、被控訴人の請求をいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき同法第九六条及び第八九条の規定を適用し、主文の通り判決する。

(裁判長裁判官 平賀健太 裁判官 安達昌彦 後藤文彦)

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